昭和42年6月1日 朝の御理解
信心をしておると、目に見えるおかげより、目に見えぬおかげが多いと。目に見えるおかげより、目に見えぬおかげ、例えば、目に見えぬおかげでも、私ともが、気づかないでおる、見ようと思えば見えれるおかげどれだけあるやら分からん。目に見えるおかげにおいては、もうこれは、例えにも、こうにも、お話しにしようにもないほどに、尽きぬおかげというのは、あるのである。
昨夜の御祈念の時に、合楽の石浦と、指出という二つの村からなっておるそれが、合楽というわけなんです。指出の方から、久保山という方が、初めて一家中で、参ってみえました。善導寺の郵便局に久保山先生が、局長時代から努めておられる方である。本当は、椛目の時代から、久保山局長がおられる時代から、本当に御用したい、おかげ頂きたいと、こう思っておったけれども、縁がなかったけれども、渕上先生のお葬式の時に、こちらに、椛目の方におかげ頂かれたのが、初めてで、信心ちゃその偉大なもんだな、すばらしいもんだな、ということを初めて感じたと。
こちらの妹さんを通して、まあ、うすうす感じんわけではなかったけれどもというて、お話しをしておられました。また、その妹の、その郵便局でお世話になっておりますから、妹を通して、その金光様の御信心というものが、どういうものかということは、感じてはおった。けれども、校長先生のお葬式を拝ませて頂いてから、いよいよ感じた。だけではない、その後、久保山さんたち一家の方たちがいよいよ熱心に、合楽のご信心に打ち込んでおられるということを聞いて、いよいよ信心のすばらしいということを感じておりましたとこう言うておられます。 本当にそういう意味で素晴らしい、信心の素晴らしいというところで、そういうところに焦点を置かなければ、だめだと思うですね。例えば、なら、私の自分の妹のことを言うてもおかしいですけれども、妹が、言うこと、しておることに対して、やはり、どことはなしに、違うものがあるのじゃないでしょうかね。常日ごろに。同時に、当時郵便局長であった久保山先生のあの時代に、久保山先生という、久保山一家のことをよく知ってあります。信心されるようになって、まあ、あちらの奥さんの変わられたのには、私ともが、道をすれ違ってご挨拶するだけでも、変わられておるのに、局員全部が、申しますように、変わっておられるということですね。同時に、例えば久保山先生のああした、いうならば、信心しよってづおいうこっちゃろかと、まあ、信心のある者でも、言うたり、思うたりするぐらいの、難儀なことに直面されたにも係わらずです。お葬式の雰囲気といい、また日ごろの一家の信心といい、なるほど、信心ちゃん対したもんだなということを感じたとこう言われる。それから、石浦の方は、このかたも初めて、お参りしてきて、 時分に、いっぺんちょっとここに、難儀ではなくて、ここに、見えられたことがございますけれども、このかたは、ある、会社の責任を任されて、しておる仕事があるんです。それをその、その会社が、まあ、いうなら、どうにもできないように、まあ、いうなら、赤字続きで、手も足も出らんと言ったような状態らしいんです。
私、その方がお参りして来られましたときに、頂くことが、「金が尽きたら天尽きでと。天が降りたら身下りて」と。そのちょうどあなたたちの場合、もう手も尽きたり、天も降りと。もう身下りをもってぶつかっていくいがいにないというところまで、行っておられるような状態で、まあ、あなたは、にげもさしも出来んのですから、ここでぐずぐずしておったら、自分自身がやられる。ですけれども、本気になって体当たりで、ぶつかっておいでになられる。いわゆる仕事だけではない、神様に本気でぶつかって、おかげを受けられる道を開いていかれるほかに、難儀な状態ですねと言ったら、先生実は、そのとおりで、実は、今日は、そのことでお伺いに参りましたとこう言われるんですよ。私、どうして、私に、今晩どうでも、おかげを頂きたいとおもうて、先生にご相談申しに来たかというとですね、その会社の重役会議がございますときにですね、その、自動車の整備工場をなさっておられるんですね。久留米で。特に、そういう大事な会議の時にですね。この広い自動車工場でですね、自動車が一台も整備をする自動車がなかっというんですね。これでは、自分が責任上いよいよ申し上げなんと思ったもんですから、もう悲しい時の神頼み、もう、一生懸命に久留米の方から、合楽に向かって自分の方から、合楽の金光様の方に向かってから、合楽の金光様、合楽の金光様に一生懸命お願いしたち。そしたらですね、その会議があるまでに12台の車が工場の中に入るようなおかげを頂いたそうですね。私これには、実は驚きましたち。まだ、いっぺんもお参りしたことないけれども、合楽の金光様というて、自分の立場がないもんですから、お願いしたち、一生懸命。そういう、あの不思議なことがございましたから、実は、今日は、これば親先生にお礼ば申しあげようと思うて参ってまいりましたというわけなんですね。まあ、その後、私がお届けしよりましたら、まあ、いろいろ具体的なことがございましたけれども。そしたら、それから、昨夜は、あまり多うございましたから、10時半くらいまで御用させてもらいました。それが終わったらここで、何とはなし、雰囲気が久保山さんという方なんか、一家中で奥さんと子どもさんと娘さんたち一緒に来て、そして、別に大変幸せな家庭らしいんですけれども、その子供さんの勉強のことやら、あれや、これやと、これといったことをお願いするわけではないけれども、とにかく信心させてもらわなければならないといったようなことから、いわゆる、信心の着眼がいいですね。信心にということは、ただ、おかげを頂きたいというだけではなくて、信心というものが、素晴らしいことだということだですね。それで、終わりましてから、まあどうぞこちらにお入り下さいと言うてお茶でも差し上げてから、 でもしよったら、久留米の佐田さんもお参りしてきておりましたから、佐田さんと久富先生とお茶を頂きながらですね。いろいろ話よりましたんですよ。そしたら、本当に私神様のお引き回しというか、有り難いなと。
今日私が申します、目に見えるおかげより、目に見えぬおかげが多い。たとえて言うならば、目に見えてとうとうして流れておる川の流れがあるならばです。目に見えない、地下水というのも、また、同時にとうとうしてこの地下で流れておるということですね。目に見えておるところ、目に見えぬところ、そういう不思議な不思議な神様のお引き回し、お働きの中で、お互いがあるということなんです。その久保山さん奥さんが茂雄さんに言われるとですよ。「あの、失礼でございますけれども、あなたは、例の久富さんですか」と聞きござるですもん。それで私がそうでございます。「そんなら私の方の姪があちらの方にご相談受けてから、縁につくことになっとります。その後から、久富さんでございますね。ち言われるとですもん。国雄さんが仲人さんのお世話で、今度結婚式を行ったんです。まだ、披露宴をしてないだけで、本式の神前式だけ、ここであったんです。その、あちらのお母さんと久保山さんの奥さんが兄弟だそうです。ですから、その国雄さん方のが、おばさんであり、茂雄さんところの、息子の嫁のおばさんということになる。「はあ、そんなら私たちは親戚でございますね。親戚といっても近い親戚です。あら、そげなことでしたかと。ま、ち不思議なことですかねと。
しかも総代さんの永瀬さんのお世話でこうやって、親戚ですけんいっちょよろしゅうやって下さいというような話でですね。まあ、それは、よかとこですばい国雄さんのおばさんになるわけですからね。そうしよりましたら、こちらの、石浦のこうじゃくさんと言う方が私の方にも、久富といやあ、久富組の方に私の母と、あちらのお母さんが従兄弟どうしで、だいたい、近い親戚ですけれども、ちゆうちから、話なさいますもん。はあ、この人は、本家の茂雄さんとこの分家の方がその、してあそこは、子供の時は、知っとりますが、久富正義ちおったが、ち、正義さんのことば言いよんなさるですもん。まあ、そげんいやあ、ほんに、石浦にきにも、だいたい、正義さんがいつか言いよりましたですもんね。そういうように、不思議なお引き回しの中に、私、しかも石浦と指出の合楽のちょうど、一人は、45、6、一人は、55、6の方なんですけれども、これは、本当に、不思議なことですね。これから、一つ、皆さんしっかり信心して、おかげを受けて、まあ、石浦の旗頭というか、指出の方のリーダー格とでも言うか、あなた方が信心なさって、ここでは、指出支部の方たちが合楽会という会を作ってから、信心のひとつの放散会のようなものがでけて、次々話会いがあって非常に良い会がおりますから、あなた方もそういうようなおかげ頂いて下さいと言うたら、自分たちがまず、おかげを受けてですね、自分の心安い人たちだけども話あってから、そういうふうなことに、して頂こうというてね、昨日は、ちょうど、1時頃までお話しして帰られました。
どんなに考えてもですね。本当に不思議なお引き回しだなと思うんですね。まあ、そういうようなことから、2、3日、考えさせて頂かなくてはならない、考えさせられることなんですけれども、私ともは、こうやって合楽に縁を頂いてから、信心のけいこをさせてもらい、またおかげを受けておるということも、その下はといえば、いわば、これは、目に見えるだけどもそれだけあるんですから、目に見えないところにどういう不思議な不思議な御神意、御神縁があって、お引き回しを受けておるか分からない。そこに私ともは、気づかせて頂いてですね、その不思議な働きにです、私ともが、会わせてもらうということ、そこに私ともが、いよいよ信心の表面だけではなくてです、いわゆる地下に流れておる、とうとうたる、地下水に行きあたるところまでの打ち込みをさせて頂くところにです、形の上のだけのおかげではない、心の上のおかげもさることながら、目に見えるおかげより、目に見えない以外のおかげにです、触れることができる。私がその、こうじゃくさんと、久保山さんのお話しを頂きながら、目に見えるおかげと、目に見えぬおかげを目の前にこう見せて頂いたような気がするんです。もう一つ、おかげを頂きましてから、目に見えるおかげ、目に見えない所にあるお陰というのは、私ともが打ち込まなければ分からない。打ち込んでこそ目に見えないとうとうたる、おかげに打ち当たることができる。そういうおかげを頂く時にです、私とも目に見えないとうとうたる、そのおかげに触れたり、その中に合流させて頂くおかげを頂いてこそです。尽きぬおかげという何とも味おうても味わいつくせぬ程の仁もあるというか、豊かな仁のある、信心に、触れていくことができると思うわけですね。形に見えるおかげよりも、目に見えないところのおかげに触れた時に、私ともは、その久保山さんの話の中からです、その目に見えない信心のすばらしさに、触れたような気がするじゃないですか。こうじゃくさんの例えばその何にも分からないなりに、もう、とにかく苦しい時の神たのみそれが、合楽の金光様と拝んだらそういう不思議なおかげを受けたというこれも、目に見えるようなおかげに触れておられますところからです、どちらが大事ということはないのですけれども、